アーセナルでの冨安健洋の4年間を振り返る:負傷、契約解除、そして新天地へ
アーセナルでの冨安健洋の在籍は4シーズン、公式戦65試合で終わりました。この65という数字だけを見れば、決して多くはありません。ただ、この4年間を日付順に並べていくと、数字からはこぼれ落ちるものがいくつも出てきます。
この記事では、アーセナルのファンから見た冨安健洋の4年間を、時系列で振り返ります。
2023年3月16日:スポルティング戦、そして5日後の手術
2022-23シーズンのアーセナルは、シーズンを通じて首位在位248日という、優勝を逃したチームとしてはイングランド1部史上最長の記録を残しながら、最後にマンチェスター・シティに抜かれて2位で終わりました。その最も苦しい局面に、冨安の負傷は重なりました。
3月16日、ヨーロッパリーグ・ラウンド16セカンドレグのスポルティング戦。試合は1-1(延長)のあとPK戦3-5で敗退となり、アーセナルはヨーロッパから姿を消します。この試合でサリバと冨安がそろって負傷しました。冨安は3月21日に右膝の手術を受け、シーズンを終えています。
チームは直後の4月に、リヴァプール2-2、ウェストハム2-2、サウサンプトン3-3と3試合連続で引き分け、失速していきました。因果関係を断定するつもりはありませんが、最終ラインの人数が足りなくなった時期とチームが崩れた時期が重なっていたことは、筆者にはどうしても偶然に見えません。
2024年1〜3月:アジアカップ、そして新契約
2023-24シーズン、冨安は1月から2月にかけてアジアカップのため日本代表に合流しました。日本は2月3日の準々決勝で敗退しています。クラブに戻ってからの3月20日、アーセナルは冨安との新契約を発表しました。2026年までで、さらに1年のオプションが付く条件です。
前年に大きな手術を経験した選手に、クラブが複数年の契約を提示した。これは成績や出場時間の話ではなく、クラブが彼をどう評価していたかの話だと筆者は受け取りました。
2024年5月19日:最終節エヴァートン戦の同点弾
そして、この4年間の頂点はここだと思っています。
2023-24シーズン最終節、エミレーツでのエヴァートン戦。アーセナルは勝ったうえでマンチェスター・シティの取りこぼしを待つしかない状況でしたが、先に失点してしまいます。43分、同点ゴールを決めたのが冨安でした。89分にハフェルツが決めて2-1。結局シティが史上初の4連覇を達成し、アーセナルは2年連続の2位に終わりました。
ただ、この年のアーセナルは89ポイント・28勝というクラブのプレミアリーグ記録を打ち立て、失点29はリーグ最少でした。その最後の90分、満員のエミレーツが最も大きな声を出した瞬間に日本人選手がいた。優勝には届かなかったシーズンですが、日本のグーナーにとってはこの1点が4年間でいちばん鮮明な記憶ではないでしょうか。筆者にとっては間違いなくそうです。
2024年10月5日:6分間
2024-25シーズン、冨安の出場は1試合だけでした。
10月5日、ホームでのサウサンプトン戦。3-1で勝った試合の終盤、6分間だけピッチに立ちました。これがこのシーズン唯一の出場になります。
この頃のアーセナルは、9月15日のノースロンドンダービー(NLD=トッテナムとの北ロンドン・ダービー)をガブリエウの1点で制し、22日にはマンチェスター・シティとアウェーで2-2と、上位との勝負どころを次々に迎えていた時期でした。その中で冨安に用意された時間が90分のうちの6分だったという事実は、そのまま彼のコンディションの厳しさを表しています。
結果として、これがアーセナルでの公式戦最後の出場となりました。6分という時間を悲しく感じるか、それでも一度はピッチに戻ってきたと受け取るか。筆者は後者で読みたいと思っています。
2025年2月19日:2度目の右膝手術
2月19日、冨安は右膝の2度目の手術を受けました。2023年3月の手術から2年足らずでの再手術です。
このシーズンのアーセナルはリーグ3年連続2位に終わった一方、チャンピオンズリーグでレアル・マドリードを2試合合計5-1で下し、2009年以来のベスト4に進みました。クラブが欧州で最も盛り上がっていた春に、冨安はその輪の外にいました。同じシーズンにはサカ、ジェズス、ハフェルツも長期離脱しており、けが人の多さがチームを削った1年でもあります。
2025年7月4日:契約解除
2025年7月4日、アーセナルと冨安は契約を解除しました。在籍4シーズン、公式戦65試合。前年3月に結んだ契約はまだ期間を残していましたが、契約解除という形で4年間に区切りがつきました。
クラブはこの夏、スビメンディ、ヨケレス、エゼ、マドゥエケらを補強し、その2025-26シーズンに22年ぶりのリーグ優勝を果たします。冨安がそこにいなかったことは、日本のファンにとってはやはり切ない巡り合わせでした。ここからは筆者の個人的な感想ですが、優勝したシーズンの名簿に名前がないことと、あのクラブで4年間戦ったことは、別の話として覚えておきたいと思います。
その後:アヤックス、そしてクリスタル・パレス
2026年1月、冨安はアヤックスと半年契約を結びました。日本代表でもなじみの深い板倉滉とチームメイトになっています。
そして2026年8月、クリスタル・パレスに加入しました。鎌田大地とチームメイトで、プレミアリーグに戻ってきたことになります。アーセナルの対戦相手として彼の名前を見る日が来る、というのは不思議な感覚ですが、同じリーグで彼のシーズンを追いかけられるのは素直にうれしいことだと筆者は感じています。
65試合が残したもの
けがの多さを理由に「もしも」を語ることは簡単です。ただ、アーセナルが2位、2位、2位と積み上げて最後に22年ぶりの優勝にたどり着いたあの数年間の途中に、冨安健洋は確かにいました。2024年5月19日のエミレーツで、優勝を追いかけるチームの同点ゴールを日本人が決めた。この事実は、公式戦65試合という数字の外側に、ずっと残り続けると思います。
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参考
- https://www.soccer-king.jp/news/world/eng/20240320/1861302.html
- https://www.soccer-king.jp/news/world/eng/20240520/1892343.html
- https://www.soccer-king.jp/news/world/eng/20250219/1990217.html
- https://www.soccer-king.jp/news/world/eng/20250717/2040592.html

