アーセナルとは?どこの国のクラブか、愛称ガナーズの意味と歴史
アーセナルってどこの国のクラブ?
答えはイングランドです。
首都ロンドンの北部に本拠地を置く、プレミアリーグのクラブ。
「ガナーズ(The Gunners)」の愛称で知られています。
創設は1886年で、最初はロンドン南東部ウーリッジの兵器工場で働く人たちのチームでした。
2025-26シーズンには、22年ぶりのプレミアリーグ優勝を果たしました。
この記事のポイント
- 国はイングランド、都市はロンドン(本拠地は北部)、愛称は「ガナーズ」
- 前身は1886年に兵器工場の工員がつくった「ダイアル・スクエア」。クラブ名も本拠地も何度も変わっている
- ガナーズはクラブの愛称、グーナーはファンの呼び名
- リーグ優勝は通算14回(プレミアリーグでは4回)、FAカップは14回で大会最多
アーセナルはどこの国のクラブ? 基本情報
今のホームであるエミレーツ・スタジアムはロンドン北部にありますが、創設の地は南東部のウーリッジです。
街を横断して北へ移ってきたクラブ、ということになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 国 | イングランド |
| 都市・地域 | ロンドン北部(創設の地は南東部のウーリッジ) |
| リーグ | プレミアリーグ |
| 本拠地 | エミレーツ・スタジアム(2006年から) |
| 愛称 | ガナーズ(The Gunners) |
| ファンの呼び名 | グーナー(Gooner) |
| 創設 | 1886年(当時の名前はダイアル・スクエア) |
| ユニフォーム | 赤いシャツに白い袖 |
| リーグ優勝 | 14回(プレミアリーグでは4回) |
| FAカップ優勝 | 14回(大会最多) |
「ガナーズ」の意味と、「グーナー」との違い
ガナーズ(The Gunners)は、クラブそのものの愛称です。
日本語にすれば「砲手たち」。
由来はクラブの生い立ちにあります。
1886年、ウーリッジにあった王立造兵廠(ロイヤル・アーセナル)の工員15人が、ダイアル・スクエアという名のフットボールクラブをつくりました。
同じ年の12月にクラブは「ロイヤル・アーセナル」を名乗り、創設者たちが働いた工場への敬意から「ガナーズ」の愛称がついた、とクラブ公式サイトは説明しています。
クラブ名の「アーセナル」も、工場の名前から来ました。
愛称は、エンブレムの大砲にも残っています。
1905年の初代エンブレムは大砲3門で、1994〜2001年には盾の上に「The Gunners」の文字が戻りました。
1913年にウーリッジを離れても、大砲は手放さなかった。
ここは素直に好きなところです。
グーナー(Gooner)は、ファンの呼び名です。
クラブがガナーズだから、ファンや選手も「グーナー」と呼ばれることが多い、とクラブ公式サイトは書いています。
このブログの名前にもなっています。
由来には諸説あります。
一つは、1925年に監督に就いたハーバート・チャップマンにちなむ説。
風変わりな人柄といたずら好きで彼が「グーナー」と呼ばれていたのが起源だ、という見方です。
もう一つは、発音が変わっただけという説で、公式はニューカッスルのファンが「town」を言い換えて「トゥーン・アーミー」と呼ぶのに例えています。
公式のマッチデープログラムで初めて使われたのは1966年。
独立系のファンジン『The Gooner』は、1987年からハイバリーとエミレーツの外で売られてきました。
兵器工場のチームから「アーセナル」へ——クラブ名の移り変わり
最初の名前は、工場内の作業場にちなんだ「ダイアル・スクエア」でした。
1886年12月11日、イースタン・ワンダラーズを6-0で下したのが最初の試合です。
いきなりの大勝でした。
その後の名前の変遷は次のとおりです。
| 時期 | クラブ名 | できごと |
|---|---|---|
| 1886年後半 | ダイアル・スクエア | 王立造兵廠の工員がチームを結成。12月11日に初試合 |
| 1886年12月 | ロイヤル・アーセナル | この名前とともに「ガナーズ」の愛称が生まれた |
| 1893年 | ウーリッジ・アーセナル | 有限会社として登記した年に改名 |
| 1913年の移転から2年以内 | (ザ・)アーセナル | ハイバリーへの移転後、名前から「ウーリッジ」が外れた |
強くなるにつれてクラブはプロ化に踏み切り、当時のサッカー界の反発を受けます。
他のクラブすべてからボイコットされ、ロンドンFAを脱退する事態に。
それでも1904年には1部に昇格しました。
本拠地の移り変わり——ウーリッジからハイバリー、エミレーツへ
名前だけでなく、ホームの引っ越しも多いクラブです。
1913年にハイバリーへ移るまでの流れを、公式サイトの記述の順に並べます。
| 順 | 本拠地 | メモ |
|---|---|---|
| 1 | プルームステッド・コモン | 創設直後の最初のグラウンド |
| 2 | スポーツマン・グラウンド | 2シーズン目に借りた。ロンドン・シニアカップに初出場した場所 |
| 3 | マナー・グラウンド | その次のシーズンに借り、1889/90にFAカップに初出場 |
| 4 | インヴィクタ・グラウンド | 3年間使用。家賃の値上がりで手放すことに |
| 5 | マナー・グラウンド(再び) | 戻ったうえで買い取り、1913年まで本拠地に |
| 6 | ハイバリー | 1913〜2006年 |
| 7 | エミレーツ・スタジアム | 2006年〜 |
ハイバリー(1913〜2006年)
北ロンドンへの移転を決めたのは、当時の会長ヘンリー・ノリスです。
1912/13シーズンのクラブは財政難のうえ、勝ち点18・26得点という記録的な低さで1部から降格しました。
クラブ史上、降格はこのときの1度だけ。
ノリスは観客層を広げるために、本拠地を動かす決断をします。
地元住民や他の北ロンドンのクラブからは反対もありましたが、契約は1913年初めに交わされました。
最初の試合は1913年9月6日で、レスター・フォッシルに2-1の勝利です。
最後の試合は2006年5月7日。
2-1とリードを許した状況から、アンリのハットトリックで逆転してウィガン・アスレティックに4-2で勝ちました。
この結果でトッテナムを抜いて4位に入り、チャンピオンズリーグ出場権を手にしています。
送り出し方としては上出来でした。
エミレーツ・スタジアム(2006年〜)
構想の発表は1999年11月、着工は2004年2月。
最初の試合は2006年7月22日のデニス・ベルカンプの引退試合で、2-1の勝利でした。
収容人数は約6万人です。
公式サイト内でも数字が分かれているので、最新の数字は公式サイトで確認してください。
チャップマンが土台をつくり、タイトルが積み上がった
クラブが「強豪」になったのは、1925年夏にハーバート・チャップマンが監督に就いてからです。
着任1年目にFAカップ準々決勝進出、リーグ2位。
この2位は、当時のクラブ史上最高順位でした。
1927年には初のFAカップ決勝に進みますが、カーディフ・シティに0-1で敗れます。
その3年後の1930年4月26日、ウェンブリーでハダーズフィールド・タウンを2-0で破り、初優勝を果たしました。
リーグ優勝はそこから。
1930/31シーズンに勝ち点66の記録で初優勝し、1932/33は「赤いシャツに白い袖」を初めて着て優勝しました。
チャップマンは1934年1月6日、肺炎で55歳の生涯を閉じています。
男子トップチームの主要タイトルは、公式サイトによると通算49個。
主なものは次のとおりです。
| タイトル | 回数 | 直近の優勝 |
|---|---|---|
| リーグ優勝(1部) | 14回(プレミアリーグでは4回) | 2025/26 |
| FAカップ | 14回(大会史上最多) | 2020年(チェルシーに2-1で勝利) |
| コミュニティ・シールド | 通算18度(1991年の共同優勝を含む) | 2026年(マンチェスター・シティに3-0で勝利) |
1部の歴代通算14回で、上にいるのはリヴァプールとマンチェスター・ユナイテッド(各20回)だけ。
プレミアリーグの優勝回数は、公式リーグサイトによればユナイテッドが13回、マンチェスター・シティが8回で、アーセナルは4回です。
ヴェンゲル時代とインヴィンシブルズ
1996年から2018年まで、22年にわたって指揮を執ったのがアーセン・ヴェンゲルです。
率いた試合は1,235で、2位のバーティ・ミー(540試合)を大きく引き離します。
3度のリーグ優勝と7度のFAカップ優勝。
FAカップの7回は、監督として大会史上最多です。
1997/98にはプレミアリーグ初優勝とFAカップの二冠を手にしました。
その象徴が、2003/04シーズンのインヴィンシブルズ(無敵艦隊)です。
- プレミアリーグ38試合を負けなしで終えて優勝
- 勝ち点90、73得点26失点。2位のチェルシーには11ポイント差
- 無敗記録は3シーズンにまたがる49試合まで伸び、イングランド1部の最長記録
- 49試合目は2004年10月のアストン・ヴィラ戦(3-1で勝利)。次のマンチェスター・ユナイテッド戦で途切れた
イングランド1部で1シーズンを無敗で終えたのは、ほかに1888/89のプレストン・ノースエンドだけ。
ただしこちらのリーグ戦は27試合だった、と公式サイトは書いています。
主将はパトリック・ヴィエイラで、ティエリ・アンリは30ゴールで得点王に輝きました。
アルテタ時代と、22年ぶりの優勝
ミケル・アルテタは、2019年12月に監督(ヘッドコーチ)としての就任が発表されました。
現役時代は2011年から2016年までアーセナルでプレーした元主将で、就任時の契約は3年半でした。
| シーズン | 順位 | 勝ち点 | メモ |
|---|---|---|---|
| 2022-23 | 2位 | 84 | 優勝はマンチェスター・シティ(89) |
| 2023-24 | 2位 | 89 | シティとの差は2ポイント。89はクラブのプレミアリーグ記録 |
| 2024-25 | 2位 | 74 | 優勝はリヴァプール(84) |
| 2025-26 | 優勝 | 85 | 26勝7分5敗、71得点27失点。2位シティは78 |
3年続けて2位のあと、2025-26でついに頂点に立ちました。
公式リーグサイトによれば、2003/04以来22年ぶりの優勝です。
クラブ公式サイトは、エミレーツ・スタジアムに移ってからは初めてのリーグ優勝だと伝えています。
決まったのは5月19日。
マンチェスター・シティがボーンマスと1-1で引き分け、1試合を残して逆転が不可能になりました。
同じシーズン、チャンピオンズリーグでは決勝に進出。
5月30日、ブダペストでのパリ・サンジェルマン戦は1-1のまま延長でも決着がつかず、PK戦3-4で敗れて準優勝でした。
カラバオカップ決勝もマンチェスター・シティに0-2。
取れたものと取れなかったものが、はっきり分かれたシーズンです。
日本から見るアーセナル
日本との接点は、思ったより多いクラブです。
- 味の素スタジアムのショップ: 2024年7月24日、ユーロスポーツ味の素スタジアム店の2階に、日本初の「ARSENAL FC OFFICIAL ショップ イン ショップ」がオープン。2026年9月時点で営業中ですが、営業時間や在庫は変わるので、来店前に公式の案内で確認してください。
- 冨安健洋: 在籍4シーズンで公式戦84試合に出場し、2025年7月4日に契約を解除。2026年8月にはクリスタル・パレス加入が発表されました。
- エミレーツでの成績: 公式が2026年8月に公表した集計で、エミレーツで20試合以上に出場した選手のうち勝率が最も高いのは冨安。41試合で34勝、勝率83%です。
- 日本ツアー: クラブとしては2013年以降、行われていません。2025年夏のアジアツアーはシンガポールと香港で、日本開催はありませんでした。
試合の見方は視聴ガイド、ショップの詳細は東京のショップの記事にあります。
自分の見立て
歴史を並べてみて最初に感じるのは、アーセナルは「動き続けたクラブ」だということです。
名前は何度も変わり、本拠地も何度も引っ越し、北ロンドンに来るときには地元から反対も受けました。
それでも大砲のモチーフだけは、1905年の初代エンブレムから今のデザインまでつながっています。
個人的には、変わるものと変えないものの線引きが、このクラブの好きなところです。
もう一つは、優勝までの時間の長さ。
2003/04のインヴィンシブルズは今も語り継がれる伝説で、若いファンにとっては話の中の存在だったはずです。
2025-26の優勝で、ようやく自分たちの世代のタイトルができた。
自分はそう受け止めています。
一方で、チャンピオンズリーグ決勝はPK戦で敗れ、カラバオカップ決勝も0-2でした。
水を差すようですが、だから次のシーズンが楽しみです。
「勝ち切れなかった試合」を覚えているクラブのほうが、次に強い。
そう思っています。
日本のファンには、距離のハンデが大きいクラブです。
生で見られる機会は、どうしても限られます。
それでも味スタのショップがあり、冨安がエミレーツで積み上げた勝率83%という数字もあって、以前よりずっと身近になりました。
まずは1試合、キックオフから最後まで通して見てみてください。
そこから先は、もうグーナーです。
よくある質問
アーセナルはどこの国のクラブですか?
イングランドのクラブです。
首都ロンドンの北部にエミレーツ・スタジアムを構え、プレミアリーグに所属しています。
創設の地は南東部のウーリッジで、1913年に北部へ移りました。
「ガナーズ」とはどういう意味ですか?
アーセナルの愛称で、「砲手たち」の意味です。
1886年に兵器工場の工員がつくったクラブで、工場への敬意から愛称がついたとクラブ公式サイトは説明しています。
「グーナー」とは何ですか?
アーセナルのファンの呼び名です。
クラブの愛称がガナーズなので、ファンや選手も「グーナー」と呼ばれる、とクラブ公式サイトは書いています。
由来は諸説あり、チャップマン説と発音の変化説があります。
本拠地のスタジアムはどこですか?
ロンドン北部のエミレーツ・スタジアムで、2006年から使っています。
それまでは、1913年からハイバリーが本拠地でした。
リーグ優勝は何回ですか?
1部の通算で14回、うちプレミアリーグは4回です。
直近は2025/26で、2003/04以来22年ぶりの優勝でした。
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参考
- Dial Square to north London(arsenal.com)
- When did Arsenal move to the Emirates Stadium?(arsenal.com)
- 22 stats for 22 years of Arsène Wenger at Arsenal(arsenal.com)
- Explainer: Arsenal’s 2003/04 Invincibles(arsenal.com)
- Why are Arsenal called The Gunners?(arsenal.com)
- Why are Arsenal fans called Gooners?(arsenal.com)
- Highbury(arsenal.com)
- Herbert Chapman – The great innovator(arsenal.com)
- Men’s Honours(arsenal.com)
- When did Arsenal win the FA Cup?(arsenal.com)
- Arsenal end 22-year wait for Premier League title(premierleague.com)
- Emirates at 20: The stats breakdown(arsenal.com)
- Mikel Arteta joining as our new head coach(arsenal.com)
※この記事は、クラブ公式サイトや各メディアの公開情報をもとに、AIの支援を受けて作成し、公開前に機械チェックと校閲を通しています。
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